台湾鉄道めぐりの旅

　台北での定宿ＹＭＣＡで待受けていたのは警察本部からの呼び出し状。Ｓと二人で恐る恐る出頭したら「阿里山で何をしていたのか」というご下問だった。これまでとはちょっと違う厳しい調子の詰問だった。
　一般観光客が４日も５日も立入り禁止区域へ入り込んで何の写真を撮っていたかと、拘束こそされなかったもののスパイ容疑の一歩手前だったようだ。もっとも、平和な国からやってきた能天気な私たちはあまり深刻に受け止めていなかった。
　趣味で鉄道写真を撮るなんて発想は当時の台湾にまったくなく、いくら説明しても理解して貰えない。そこで言われたのは「明日までにフィルムを全部現像して持ってくるように」ということだった。
　警察を出てから「何も全部提出することはない、10本くらい現像してそのうち５本も出せばいいだろう」ということになった。
　翌日その５本を持っていくと、少し待たされた後「他にも隠しているフィルムがあるだろう、なぜ隠す。全部持って来い」と言われ、さすがに二人とも青くなった。ＤＰＥ屋にまで手が回るとは思いもしなかった。現像済みフィルムをすべて取り上げられ、２日後にもう一度出頭するよう言われた。

　メモによれば３月19日、警察に出頭したあと台北市内で一人で映画を見てから夜行で二水へ向かっている。あくまで能天気だったようだ。映画は夜行に乗るまでの時間つぶしに見たのだと思うが、なぜそういう単独行動をとったのか覚えていない。

　台北発23：00の夜行快車に乗り、翌朝4:26に二水に着き集集線の始発で前夜からＳが泊っている集集に向かった。今も不思議なのは、駅員に日本人が泊っている旅館を知らないかと聞いて、スムーズにＳのいる旅館の部屋までへ行けたこと。
　たぶん駅前には旅館が一軒しかなかったのだろうが、部屋で寝ていたＳは私の姿を見てびっくりしていた。集集で落ち合う約束などしていなかったのかもしれない。